40時間半監禁された話 後編
2006年02月20日 22:53
その知らせが飛び込んできたのは、
2日目の夜中のことだった。
運転手さんが
マイクを使って車内の乗客に知らせる。
「只今…
ツアーの中止が決定されました…」
ものすごく申し訳なさそうだ。
いいよ、もういいよ運転手さん。
もう十分やってくれたよ。
そもそも、
目的地までたどり着けるなんて
もう誰も思ってないよ。
さて、ツアー中止なら引き返…
…どうするんだ。
どうやって引き返すんだ。
確かに、対向車線は空いている。
空いているというより、
道がふさがっているから
そもそも車が来ないのだ。
しかし。
我々は片側一車線の道路で立ち往生している。
前後もぎっしり詰まっていて、
二進も三進もいかない。
この状況で、
どうやってバスが引き返すというのか。
いかんともし難い状況に、
その場にいた誰もが落胆した。
ただ一人を除いては。
交代のため二人乗っていた運転手さんのうち、
運転していない方の人。
この人は諦めていなかった。
コートを羽織ると、
バスから飛び出していったのだ。
どのくらいの時間が経過しただろうか。
雪まみれになって、
彼は戻ってきた。
少しずつ少しずつ交通整理をして、
20メートルほど先に
バス1台分のスペースを確保したという。
運転している方の運転手さんが、
細心の注意を払い
バスの巨体をそのスペースに押し込める。
そして、運転していない方の運転手さんは
また交通整理のために出て行くのだ。
極寒の雪の中へ。
本来は交代して仮眠を取るために
運転手さんが二人乗っているのだが、
この非常事態である。
彼らは一睡もしていないはずだ。
体力も精神力も限界に違いない。
我々にできることは、
ただただ心の中で応援することだけだった。
車内を見渡すと、
寝ているものなど誰一人いない。
何もできないが、
乗客も全員で戦っていた。
プロジェクトXみたいな状況だ。
誰もが頭の中で
中島みゆきの『地上の星』を歌っていたに違いない。
交通整理をする。
スペースを確保する。
移動する。
また交通整理に出る。
この地道な作業を繰り返し、
ついに
方向転換できそうな広場までたどり着いた。
帰れる。
帰れるんだ。
ありがとう、運転してない方の運転手さん!
そして、運転している方の運転手さん!
数時間後、
我々は交通規制の解除された名神高速道路にいた。
サービスエリアに入る。
豚汁定食を注文する。
何時間ぶりの食事だろう。
こんなに美味い豚汁がこの世にあったのか。
その温かさと味わいに、
思わず涙が出そうになった。
出なかったが。
さらに数時間走り続け、
我々は広島まで帰還した。
金曜の夜に出て、
戻ってきたのは日曜の午後。
出発してから40時間半が経過していた。
我々を安全に送り届けたことを確認し、
二人の英雄が帰っていく。
バスの後ろ姿に向かって
全ての乗客が深々と頭を下げた。
そして、
二人の乗ったバスが
交差点の向こうに消えるのを見届けてから
それぞれの家路に就いたのだった。
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