「フェースブックわかりにくい」について思うこと

「フェースブックわかりにくい」という自分の感覚と
世界中で拡大しているという事実が同時に存在するのなら、
それは自分の感覚の方を疑うのが常識的な判断だという気がしてきた。

身のまわりを見る限り
「わかりにくい」と言ってるのはむしろ
ネットに長けてる人が多い気がする。

ネットサービスをよく使う人は
それを使いこなそうとするから
「わかりにくい」という感想が出てくるんじゃないかな。

確かに「あれ、これどうやるんだろう」と戸惑うことはよくある。
機能ごとの動作が統一されてないし、
設定へのリンクがまさかと思ようなところにあるし。

でもその戸惑いは
「こうしたい」という意志があって
「たぶんこう」という感覚が身についていて
実際にそうしようとする人のものであって、
そもそも自発的に使いこなそうとしない人は
そんなこと感じないんじゃないだろうか。

見えてる部分だけ見ればよくて
言われたところだけ触ればいい受け身の利用者にとって
Facebook はすべきことを与えてくれて上手に導いてくれる
楽なサービスなのかもしれない。

そして、この世の中のほとんどの人は後者だと思う。

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