それが実は幸福をもたらすものでありますように

これだけの人が読んでるんだから、
少しくらいはコメントがつくのではないかと期待しつつ。

この人の頭ん中:
人の日記にケチをつけるのも何だが

ネガティブなことばかり書くと
ネガティブな発想をするようになり
それにつられて言動がネガティブになるので
ネガティブな結果につながって
ネガティブな人生を送ることになるから
やめた方がいいよ。

に対するでっくんさんのコメント。
こういう、意見の言える大学生が大好きです。

この発想自体がネガティブだと思います。
それぞれ色々な理由で日記を書いているものでしょう。きっとその人にとっては、ネガティブな事を書いて何らかのメリットがあるのではないでしょうか?

人はそこに至るプロセスのどこかでプラスに転換できるだけの力を持っていると信じている自分がいたりするわけで・・・。

後半部分、
本当にそうであると信じたいし、
そうであってほしいと心から願う。
でないとあまりに寂しいからだ。
読者(1)を不愉快に(2)した上
自分も幸せにもなれないのだとしたら、
その行為はあまりにも悲しい。

せめて自分くらいは幸せになってほしい。
しかし残念ながら個人的な経験から言うと、
「そこに至るプロセスのどこかでプラスに転換できるだけの力を持っている」
人は滅多にいないし、そういう人はそもそもそういう状態には至らない。
愚痴をまき散らす人がそれによって幸せになったのを見たことがないし、
幸福な人生を送っている人がネガティブな発言を繰り返すのも見たことがない。
別に統計に基づいて言っているわけでもなければ
論理的考察から導いたわけでもなく、
あくまで個人的な経験則。
だからこれが単なる経験不足から来るもので、
実は大間違いであることを切に願う。
ネガティブな発言や書き込みが
本人や周りの人に幸福をもたらすものであったら
この世界はどんなに素晴らしいことだろう。
愚痴が幸福につながったという経験のある方は、
ぜひコメントなりトラバなりをお願いします。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

7 Responses to “それが実は幸福をもたらすものでありますように”

  • かつら

    2006/12/26 01:52

     その方のネガティブな日記を読んでないので、どの程度かは分かりませんが、個人的な経験としては、おさえ切れない負の感情を、誰かに聞いてもらうことで、すっきりする、ということはあります。
     逆に、誰かのネガティブな発言は、あ~、発散したかったんだね、と思って受け止めれるようにも最近なりました。
    ただし、自分への攻撃だと、イヤですし、あまり、負の感情にとらわれすぎるのも不幸なことだと思っています。ただの口頭での発言と違って、ネットの上だと、残っちゃうので気をつけないといけませんね。
     環境への不満をもちつづけるより、自分が(気の持ちようだけでも)変わるのが一番手っ取早いのだと、きづくといいですね。
     長文失礼しました。

  • 2006/12/26 08:13

    ネガティブから

    私のブログの考え方です。

  • 2006/12/26 10:05

    > かつらさん
    なるほど、負の感情が芽生えたときにため込むと余計に澱んでしまうから、とりあえず誰かに聞いてもらって発散するというのはとてもよくわかります。
    元記事で挙げたのはそういった一時的発散ではなくて、ネガティブな言動を繰り返す生活習慣です。その辺も後日記事にします。たぶん。

  • 2006/12/26 17:14

    やはりモノは使いよう

    マスナガ さんのブログ
    に興味深い記事
    があったのでTB。
    mixiなどのSNSのようなクローズドな場所であれ、ブログのようなオープンな場所であ…

  • 2006/12/27 01:41

    【ブログの出会いも、一つの出会い】

    遊びにでかけていて、気になる記事を見つけたので。私の意見をかいてみたいと思う。海の向こうの県人ブログに所属されている、マスナガさん「この人の頭の中」の記事…

  • 2006/12/27 02:30

    齟齬

    元記事を読めばわかるだろうと思ってたんだけど、 どうも誤解を生むような書き方をし…

  • 2006/12/27 02:40

    トラバはさせていただきましたが、補足です。
    「揺れる記事を書いて幸福になった」というよりは、「コメントを通して幸福になった」という経験談ですね。
    趣旨とはずれていたら、申し訳ありません。